|
|
|
|
【由来等】 昭和4年、昭和天皇大嘗祭の時に、宮中と伊勢神宮に穀物を献上され、その際、上頓野地区は県から「粟」を指定され、献上した。その粟を植える斉田には雀除けのため糸を張り鳥害を防ぎ、除虫には着物姿の小学生達、除草、施肥等維持管理は、旧頓野村の篤農青年十数人が沐浴斎戒し育てた。「粟おどり」は奉納を記念し、作詞、作曲、振り付けを、小倉師範学校に依頼し、船津キクエ氏の指導により、地元青年団12名、処女会50名が指導を受け、「粟」の収穫時に、菅笠、手甲、赤たすきの浴衣姿で、太鼓、尺八、三味線の音に合わせて唄い、そして踊り祝ったのに始まる。
【活動の歴史】 第二次大戦中は中断、昭和22年の盆踊りから復活した。平成元年8月竜王峡、渓谷祭り・戦没者慰霊祭・敬老会等に復活披露。2002から上頓野小学校の児童に後世に残すべく指導している。なお直方ユメニティの落成祝の公民館芸能まつりに出演し、日本フォークダンス連盟の林正憲氏・加藤貞子氏に認められ、20024月、日本フォークダンスの指導講習会に参加した。
【芸能を行う理由・目的】 由緒ある郷土芸能を、後世に継承するため。
【舞・踊りの特徴】 粟の種まきから収穫、献上までの作業が踊りの所作に表現されている。
|
|
|
|
|
|
|
| | | | | 民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。 |
| | |
|