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【由来等】 かつて杷木神社は杷木二所大明神または杷伎大明神といい、上座郡一九ヶ村の総鎮守社である。創建は古く、第26代継体天皇の御代といわれているが、縁起などを記すものは消失してしまい、その古事を知ることはできない。御神幸は1700(元禄13)年に、時の庄屋、井手唐七が神輿2基とその他諸道具を調えて公儀へ願い出、始められたと伝えられる。以後300年余にわたり、氏子の手で催行され続けている。
【活動の歴史】 昔から杷木神社の春の大祭では社前に市がたち「杷木市」として賑わった。300年に亘り行われ続けている。春季例祭に伴う、宮座の規模は30名である。
【芸能を行う理由・目的】 五穀豊穣、厄除祈願
【舞・踊りの特徴】 本殿での神事の後、毛槍振り、獅子舞等も加わり、神輿を中心とした行列が、繰り出される。お旅所で神事後、神社までの行列の、お上りが行われる。獅子頭で氏子の頭を噛む所作は無病息災を願うもの。獅子舞は、神前で荒々しく口を開閉しその後、社殿でひれ伏すなど、静と動が混在している。また、毛槍や御供櫃持ちなどは、ときおり「エイヤー」と掛け声を掛けると共に軽く飛びながら、交互に正面・横向きの体勢を取り、ゆっくりと前に進む。
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| | | | | 民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。 |
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