|
|
|
|
【由来等】 南木菅原神社は、かつてはタカオ神を祀り、貴船大明神と称していたが、901(延喜)年、菅原道真公が大宰府に赴く途中この神社に立ち寄り休息したといわれ、これを受けて1109(天仁2)年に神社を再建し、天満宮と改称した。神幸祭は明治初年から行われており、当初は8月25日であったが、後に5月1〜2日になり、その後さらに5月2〜3日に変更され、現在に至っている。神幸祭における獅子楽は、明治20年代、当時の南木地区の青年たちが息災祈念のため嘉穂郡庄内町綱分に習いに行き、導入したといわれている。綱分からの帰り道の烏尾峠でも復習したという話が伝わっている。
【活動の歴史】 保存会などは組織せず、代々地区全体で行っており、現在もその形式で継続されている。第二次大戦中も中断することなく活動を行って来た。
【芸能を行う理由・目的】 豊作祈願、天下泰平
【舞・踊りの特徴】 獅子舞には、楽打ちを伴う「本楽」と太鼓と笛のみの「馬場入り」「入り端」の3種がある。「本楽」は勇壮で力強く、雌雄の獅子の情交を表し、「馬場入り」「入り端」は神に捧げる鎮めの舞であり、厳粛さ、神聖さを表す。
|
|
|
|
|
|
|
| | | | | 民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。 |
| | |
|