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【由来等】 岩戸見神社は、宇都宮信房が関東下野の国より豊前に入府の時、先祖代々の産土神岩戸見神社を清寿山に築いて勧請した。その後、1195(建久6)年に現在地の宮山に社殿を遷し、城井谷11ヶ村の氏神と定めた社で、以来800有余年、祭礼に神楽が奉納されたと伝えられる。
【活動の歴史】 明治の初めまでは社家神楽として旧築城郡の神官に伝承し、小笠原藩主の氏神八坂神社の祭礼や各神社の祭礼に奉納されていた。明治維新後、社家神楽の維持が困難となり、岩戸見神社宮司熊谷房重ほか2〜3名の神官が神楽の中断を憂いて氏子に伝授された。1874(明治7)年、伝法寺氏子有志が、それを受け継ぎ以来一度も中断することなく伝承されて今日に至っている。明治末期より大正、昭和10年代までが年齢的にも芸能のバランスのとれた隆盛期で北九州市、田川市郡、行橋市など各地に招かれた。昭和12年2月には台湾台北神社に招かれ、伝法寿神楽を披露多くの感動を感謝されたこともあった。
【芸能を行う理由・目的】 五穀豊穣、無病息災祈願、神に感謝。
【舞・踊りの特徴】 豊前岩戸神楽の演目のうち、6〜7の演目が舞われる。特に、地割、三神舞は、大人と子供が同じ舞台で舞い、両者の軽妙なやりとりが見どころである。
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| | | | | 民俗芸能では私たちが普段見ることのない道具や興味深い言い伝えなどがたくさんあります。 |
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