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福岡県立英彦山青年の家
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 英彦山の史跡
 英彦山は約1440年まえ僧善正によって開山されたといわれ、古くから修験の道場として信仰も厚く、もっとも隆盛を極めたのは室町時代です。このように英彦山の歴史は修験道の歴史であり、ここに残る史跡は修験者(山伏)の生活と切り離して考えることはできません。
奉幣殿
 英彦山神宮
(奉弊殿【ほうへいでん 】
国指定重要文化財
元和2年(1616年)小倉藩主細川忠興の寄進による建物で、修験道時代彦山霊仙寺(49窟の総称)の講堂であったが、神仏分離令で内部の仏像を廃し、奉幣殿と呼び方を変え、今では神宮の祭典の場所であり、拝殿となっています。細川藩が熊本県に転封後は、小笠原藩で維持されたので、棟に三階菱の紋章があります。 
修験道館
 修験道館【しゅげんどうかん】
昭和62年4月に開館し、ここには 修験道に関係する資料及び山伏が日常使用していた調度品、古代遺跡から出土した埋蔵文化財(経筒等)、英彦山の歴史に関する資料8英彦山流記)等々120点を展示しています。 
雪舟庭園
 雪舟庭園
(旧亀石坊庭園【かめいしぼうていえん】 

国指定名勝、画聖雪舟が3年間この山にとどまって築いたといわれる日本庭園
文明8年(1476年) 頃、亀石坊の招きで大分県豊後(大分市)から英彦山に来て滞在した雪舟が、英彦山一の嶽を借景にして築いた庭園であり、国の「名勝」に指定されています。
三日月池
 三日月池【みかづきいけ】
「別所不動堂」(現在橿原神社 )は、江戸時代までは惣持院という寺で、山伏の守護神である不動明王をまつり、山伏の信仰が厚かった。三日月池は惣持院の庭園である。
 
宝篋印塔
 宝篋印塔 【ほうきょういんとう】
日本一高い塔で、文化14年(1817年)に肥後の僧・豪潮が建てた供養塔です。明治初年、神仏分離令により破壊されかかったが、蓮華の反り弁に刻みをいれて亀甲型に替えるとともに、梵字を消し、献灯という字を入れることにより灯籠として残しました 。 
財蔵坊
 財蔵坊【ざいぞうぼう】 
鍵屋になっており、現在は添田町民俗資料館として修験者の日常調度品を展示しています。 
政所坊跡
 政所坊跡 【まんどころぼうあと】
平安時代から鎌倉時代まで座主(山伏団の最高位)は輪番制であったが、鎌倉時代の終わりに、後伏見天皇の皇子、助有法親王を座主に迎え、以後世襲座主の時代となりました。親王座主は甘木市黒川に住んでいたため、英彦山には代行者を置いて政治をしました。それを政所といいます。しかし、豊臣秀吉が英彦山を攻めた時、座主は黒川を閉じて英彦山座主院(1936年九州大学付属彦山生物学研究所)で直接政治を行うようになり、代行者は政所坊となりました。
 
今川水源
 今川水源
英彦山の高住神社参道横にある、北九州・京築地方の水がめの役割を担う今川の水源「獅子の口」があります。
 
水源殿
 水源殿(水原殿 【みずはらでん】
奉幣殿から中岳を目指す途中にあります。
御神水の湧き出す水原としての水原殿は、古来より修験道の行場のなかにあり修験道の儀式に使われたのでないかと言われています。ここを水源にした水は、豊前・豊後・筑前の三国の田畑を潤す河川となり、英彦山を仰ぎ見る人々にとっては神の宿る山として、英彦山信仰を得ていました。
上宮
 上宮
山頂鎮座・標高1200m
英彦山中岳の頂上にある本殿。神武天皇が御東征の時、天村雲命(あめのむらくものみこと)を遣わされて祀られたと伝えられていますが、社殿ができたのは、崇神天皇41年と言われています。
現在の社殿は天保13年(1842年)に、肥前藩主鍋島斉正によって奉建されたものです。

逆鉾岩
 逆鉾岩
高さ10m余りのこの岩は、火山
岩が侵食されてできたものです。
 望雲台
山伏の行場の一つで約150m
の垂直の岩壁です。
高住神社
高住神社【たかすみじんじゃ】(豊前坊)
豊前窟で霊験あらたかな窟として栄えたところで、堂社が次第に大きくなって社殿をもつようになりました。豊前坊は英彦山を仰ぎ見ることのできる山麓一帯の農村の人々から水分神の信仰を得て農耕、牛馬、火防ぎの神として庶民の信仰は現在でも厚い。  
材木石
 材木石
木材を積み重ねたように
見えるところからこの名で
呼ばれています。
梵字ヶ岩
 梵字ケ岩 
高さ30mの巨岩の壁面に
「阿弥陀」などの梵字が直径
3mあまりの円内に彫刻して
あります。
 
 鬼杉
 鬼杉(国指定天然記念物)
高さ井38m、胸高周囲12,4m、
推定樹齢1200年県内最大最古
の杉です。
 玉屋神社
 玉屋神社【たまやじんじゃ】(般若窟)
英彦山最古の窟で、英彦山修験道の「中興の祖」といわれている法蓮上人の修行窟とされている。窟内には神池があって不老長寿の霊水がわいているといわれている。 湧き水は日本三代霊水の一つ。
 大南神社
 大南神社(大南窟) 
英彦山の南岳を登る途中、鬼杉を経て、程なく分岐の表示があり左折すると見えてくる神社です。この神社は英彦山神社の末社で天火明命を祀っています。
神仏混淆時代は不動明王を祀っていました。また英彦山49窟の一つでもあり、剣の代わりに綱を持っています。
 
  銅の鳥居(かねのとりい)
英彦山の表玄関にあたり、この鳥居は肥前佐賀藩主、鍋島勝茂より1637年寄進されたもので、高さ7メートル、柱の周囲3メートル余で、銅の輪(厚み20p位)を積み重ねて作られています。また、ここに掲げられている額は1729年霊元法王より下賜された勅額です。
国指定重要文化財に指定されて
います。 
濃い霧の中、高住神社を
めざす山伏さん
 
  「六根清浄…」と唱えながら  
 
 護摩焚きの様子  
 
 護摩焚きを待つ参拝者
天狗
 
  
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